- 自然に寄り添ったルールのイメージ
- 2009/10/05
人間が生きていくために不可欠な地球が、人間にとってあまりにも小さくなった今、人びとがこれまでのように好き勝手に生きていけば当然のごとく人間社会は破綻する。しかし、これは地球にとっては何の問題にもならない。地球は人間がいなくても平気で生きていける。さらに地球温暖化がどれほど進もうが、氷河期がやってこようが、たとえ酸素がなくなろうとも、だ。よく「地球にやさしく」という言葉を耳にするが、地球にとってはありがた迷惑な話であり、ほんとうは「人間にやさしい地球のままでいてもらうために」というべきだろう。
ということで、人間がこれからも持続的に生きていくためには、自らをあるルールの中において生きていくほかはない。ただ、それは何か犠牲的な暮らしを想像しがちだが、ここにそんな概念を持ち込むと話は見えなくなってしまう。また、ルールといっても法律的なものだけを想像してはいけない。
たしかに地球が無償で提供してくれている生態系サービスを好きなだけ使うことはできなくなったが、「生態系サービスを好きなだけ受けられない」=「我慢しなければならない」という図式を安易に用いるのは危険だと考えている。「生態系サービスが有限であり、いっぽうで人はひとりでは生きていけない生きものであるのだから、みんなで生態系サービスを分けあうのは当たり前のことでもあり、我慢ではなく、進んで(喜んで)それを行う姿が普通だ」という視点も持っておいたほうがいい。
では、我慢ではなく進んで行うための、言い換えれば、人間が自然にそれを行えるためのルールにはどんなものがあるのだろうか。



