- 感覚を重んじる勇気
- 2010/01/03
人はなぜ働くのだろうか。仕事をする喜びはどこからやってくるのだろうか。人はなぜ生きているのだろうか。何をしているときに生きていると感じるのだろうか。人の能力とはどんなものなのだろうか。人はなぜ自分の能力を高めようとするのだろうか。
いずれも同じことを聞いているに過ぎない。いずれも答えはひとつであり、答えはとても簡単だ。本当に価値あるものを求めているとき、人は幸せになれる。自分の感覚を頼りにすれば、まっすぐな答えが導きだされる。それが自然なことであり、そこには、自分を含めた自然に寄り添ったルールが存在する。
だから、自然と人との共生なんて当たり前のことなのだ。 そんなことを考えないといけなくなっているのは、そもそも自分の行動が自分の感覚と乖離しているからだ。これはとても奇妙な現象だ。こんな奇妙なことを人間は考えたり、行動している。そこには外圧としての奇妙な力が働いているのだろう。確かなことは、感覚を頼りに行動するのが困難な時代にわれわれはいる、ということだ。自分の感覚を重んじる、という生きものとして当たり前のことに勇気が必要な時代ともいえる。
そして、環境問題も人間の奇妙な行動のひとつの結果に過ぎないのかもしれない。



